PART1
「だけど、ご想像なさってください。あなたのエメラルドの小箱をあけたら、中に真珠が入っていて、それは娘の目から落ちていたのとすっかり同じものなんです。それを見て私の心がどんなに騒いだかお分かりになるでしょう。この真珠をどうして手に入れたのか話してください。」伯爵は、その小箱は森のおばあさんから貰ったものです、とても変わった人で魔女にちがいありません、でもお后さまのお子さんのことは聞いたことも見たこともありません、と言いました。王様とお后はそのおばあさんを探しだすことにしました。二人は、真珠があったところで娘の消息を得られるだろう、と思ったのです。
おばあさんはあの寂しい家で糸車の前に座り糸を紡いでいました。もう暗くなっていて、かまどで燃えている木がわずかに辺りを明るくしていました。突然外で音がして、牧草地からがちょうたちが帰ってきてガラガラ声をあげていました。そのあとまもなく、娘が入ってきました。しかしおばあさんは娘にほとんど礼を言わず、ただ少し頭を振っただけでした。娘はおばあさんのそばにすわり、糸車をもって若い娘のように素早く糸を撚りました。こうして二人は二時間座り、一言も言葉を交わしませんでした。とうとう何か窓にガサガサいう音が聞こえ、二つの火のような目が覗きこみました。それは年とったフクロウで、ホーホーホーと三回鳴きました。
PART2
おばあさんはちょっと見上げ、それから言いました。「さあ、娘よ、もう出ていってお前の仕事をする時間だよ。」娘は立ち上がって外へ行きました。どこへいったのでしょうか?草原を越え、ずっと進んだ谷の中へ入って行き、とうとう、そばに三本の古い樫の木が立っている泉に来ました。その間に月が山の上に大きく丸く昇って、針一本でも見つけられるほどとても明るくなりました。娘は顔をおおっていた皮をはずし、それから泉にかがむと体を洗いました。それが終わると、皮も水に浸し、月の光にさらし乾くようにそれを草原に置きました。しかし、娘は姿が変わっていました。一度も見たことがないような変わり方でした。灰色の仮面が落ちると、金色の髪が太陽の光のように出てきて、体全体にマントのように広がりました。目は天の星のように明るく輝き、頬はりんごの花のようにピンク色に輝いていました。しかし美しい乙女は悲しんでいました。座って激しく泣き、涙が次々と目から出てきて、長い髪を伝って地面にこぼれていきました。
そこに娘は座っていました。もし近くの木の枝ががさがさ鳴りポキッという音がしなかったらずっとそこに座っていたことでしょう。娘は、猟師の鉄砲に追いつかれるノロジカのようにパッと立ち上がりました。ちょうどそのとき月が黒い雲でかすみ、あっというまに娘は前の皮をかぶり、風に吹き消されるろうそくのように消えてしまいました。娘はポプラの葉のように震えながら走って家に帰りました。おばあさんは敷居に立っていました。娘は起こったことを話そうとしましたが、おばあさんはやさしく笑って「もう全部知ってるよ。」と言いました。おばあさんは娘を部屋に入れ、新しいまきを燃やしました。
PART3
ところが、おばあさんはまた糸車に座らないでほうきをもってくると掃いたりごしごし磨いたりしはじめました。「すっかりきれいに気持ちよくしなくてはね。」とおばあさんは娘に言いました。「だけど、おかあさん」と娘は言いました。「もうとても遅いのになぜ掃除を始めるの?何のつもり?」「じゃあ、今何時かわかるかい?」とおばあさんは尋ねました。「まだ真夜中ではないわ。」と乙女は答えました。「だけどもう11時は過ぎてるわよ。」「お前、覚えてないのかい?」とおばあさんは続けました。「お前がここにきてから今日でちょうど3年になるんだよ。もうお前の期限は終わり、私たちはもう一緒にはいられないんだ。」
娘はびっくりして悲しみ、言いました。「ああ、おかあさん、私を追い出すの?私はどこへ行ったらいいの?私には友達もいないし、行ける家もないのよ。いつもおかあさんが言いつけ通りにしてきたし、おかあさんはいつだって私に満足していたわ。私を追い出さないで、お願いよ。」おばあさんは娘にこのさきどうなるのか教えようとしませんでした。「私がここにいるのも終わりだ。」とおばあさんは娘に言いました。「出るときは家や居間はきれいにしとかなくちゃね。だから仕事の邪魔をしないでおくれ。自分のことを心配しなくていいよ。お前はちゃんと雨よけできる屋根が見つかるからね。それに私がお前にやるお礼だって満足いくだろうよ。」「だけど何が起こるのか教えて。」と乙女は頼み続けました。「もう一回言うよ、私の仕事の邪魔をしないでおくれ。もう何も言わないの。自分の部屋へ行って、顔から皮をはずし、お前がここへ来たとき身につけていた絹の服を着なさい。そうして私が呼ぶまで部屋で待ってるんだよ。」
さてもう一度話を王様とお后のことに戻さなくてはなりません。二人は荒れ野のおばあさんを探しだすために伯爵と一緒に出かけて行ったのです。
PART4
伯爵は夜のうちに森で二人にはぐれてしまい、一人で進まなくてはいけなくなり、次の日、正しい道にでたように思いました。それでもまだ先へすすんでいき、暗くなったとき木に登りました。道に迷うといけないと思い、そこで夜を過ごすことにしたのです。月がまわりの野原を明るく照らしていた時、伯爵は人が山を下りてやってくるのに気づきました。手に棒きれをもっていませんでしたが、それでもそれがおばあさんの家で前に会ったがちょう番の女だとわかりました。
「ほう」と伯爵は叫びました。「あの女だ。魔女の一人をつかんだからには、もう一人だってみつかるぞ。」しかし、娘が泉に行き、皮を脱いで体を洗い、金色の髪が体のまわりをすっぽり包むように落ちるのを見て、なんと驚いたことでしょう。娘はこの世でこれまで見たことがないほど美しく、伯爵はほとんど息もつけないくらいでしたが、葉っぱの間からできるだけ前に首を伸ばして、娘をじっと眺めました。あまり前にかがんだせいか何かのせいで、急に枝がボキッと折れて、まさにその瞬間、乙女は皮に入り、ノロジカのように逃げて行ってしまい、月が突然雲に覆われたので見えなくなってしまいました。
娘が消えるとすぐ伯爵は木から下りて、早足であとを追いかけました。あまり歩かないうちに薄明かりの中を二人の人影が草原を越えてやってくるのが見えました。それは王様とお后でした。二人は遠くから、おばあさんの小さな家で光っている明かりが見えてそこに行こうとしていました。伯爵は二人に泉のそばで見た不思議な出来事を話しました。すると二人はそれが行方不明の娘に違いないと思いました。三人は大喜びで先へ歩いていき、まもなく小さな家に着きました。がちょうたちが家のまわりに座り、翼の下に頭を突っ込んで眠っていて、一羽も動きませんでした。王様とお后が窓から中を覗くと、おばあさんはすっかり静かに糸を紡いで座っていました。頭をうなずかせていて決して周りを見ませんでした。部屋は、まるで足に埃をつけない霧のような小人がそこに住んでいるかのように、すっかりきれいになっていました。しかし、娘の姿は見当たりませんでした。
PART5
二人はこの有様をしばらく眺めていましたが、とうとう心を決めて軽く窓をたたきました。おばあさんは二人が来るのを待っていたようでした。立ち上がり、とてもやさしく呼びかけました。「お入り。もう誰だか知っていますよ。」
二人が部屋に入ると、おばあさんは言いました。「三年前にあんなにいい子で愛らしい娘さんを無下に追い出さなかったら、こんなに長い道のりを歩かなくてもよかったんですよ。娘さんは何も傷ついていません。三年間がちょうの番をしなければならなかったけどね。そうして何も悪いことを覚えなくて心が澄んだままですよ。だけどあなたがたは今まで惨めな思いをしてずいぶん懲らしめられたでしょうね。」それからおばあさんは娘の部屋に行き、呼びました。「さあ、出ておいで。娘よ。」そのあと、戸が開き、王女が絹の服を着て出てきました。金色の髪と輝く目をして、まるで天国から天使が入ってきたかのようでした。 王女は父親と母親に近づいていくと首に抱きついてキスをしました。みんなはどうしようもなく嬉しさのあまりただ泣いていました。若い伯爵は三人の近くに立っていましたが、王女は伯爵に気づくとこけバラのように顔を赤らめましたが、自分ではなぜかわかりませんでした。王様は「娘よ、わしは国をもうやってしまい無いのだよ。お前に何をあげようか?」と言いました。「この子は何も要らないよ。」とおばあさんは言いました。「私はこの子にあなた方のために泣く涙をあげますよ。それは貴重な真珠で海でみつかるものよりすばらしいし、あなたの国全部よりはるかに価値がありますよ。それにここで仕事をしたお礼に私の小さな家もあげますから。」
PART6 おばあさんはそう言い終わると、消えて見えなくなりました。壁が少しガタガタと鳴り、王様とお后が周りを見ると、小さな家は豪華な宮殿に変わっていて、王家の食卓が用意されており、召使たちがあちこち走り回っていました。
お話はまだ先があるのですが、この話をしてくれた私のおばあさんがちょっと物忘れがして、残りを忘れてしまいました。でも私はいつも思っているんです。美しい王女は伯爵と結婚し、その宮殿に一緒に住みました。それで死ぬまでとても幸せに暮らしました。小さな家の近くで飼われていた雪のように白いがちょうたちは本当は若い娘たちで、おばあさんが保護していました。もう今は人間の姿に戻って若いお后の召使をしています。とね。本当には分かりませんがそうだと思うんです。これだけは確かですが、おばあさんは人々が思っていた魔女なんかではなくて、人々に良かれと考える賢い女の人だったんです。多分王女が生まれた時、涙の代わりに真珠の贈り物をしたのもこのおばあさんだったのでしょう。今ではそんなことは起こりませんがね、そうでなければ貧しい人たちはすぐ金持ちになれますが。
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