卒業生たち
たまには生徒のことも書かないとね。
4月、AETと一緒の授業で、うんともすんとも言わない生徒がいた。自然AETが「Do you understand?」と何回か聞いた。するとその生徒が突然ばっと立ち上がった。前かがみになっていたAETはびっくりして後ろにそっくりかえった。180㎝もあろうかという男子生徒はそのまま気まずそうに立っていた。私もわけがわからず、「座りなさい」と小声で言ったら、ガタンとまた座った。4月のこととて、教室内は緊張してシーン。授業が終わって廊下を歩いているうちに、彼が何故立ち上がったか分かった。understandのstandに反応したのだ。それが1年のときで2・3年はその生徒を教えなかった。卒業した翌年の文化祭で学校に来た。「先生、僕のこと覚えてる?」「うん、○○君」そうしたら、一緒に来た友達が「先生、こいつ、あれから仇名がスタンド君になってるんだよ。」
こちらをいつもにらみつける生徒がいた。その生徒とぶつかったことも無いし、授業の最初からそういう調子で、不思議に思っていた。なんせ、指名して名前を呼ぶと「なにっ!」という返事をするのだ。成績は落第すれすれ。まあそれでもなんとか進級した。いつの間にか顔つきも穏やかになり、成績もクラスの中位になった。卒業して、今は有名だが当時はできたばかりの企業に就職。その後、何年かして学校に来た。勿論立派な大人になっていた。在学時代の話になり、不思議に思っていたことを聞いてみた。「高校へ行きたくなかったが、親が行けというから仕方なく入ったんです。友達はみんな中卒で、働いているから金回りがいいじゃないですか。学校はバイクに乗っちゃいけないというし、友達は自由ですごく羨ましかった。学校に関係するものは先生たちを含め、みんな憎かった。ところが、暫くすると自分の方が幸せだ、と気づいたんです。」「どうして成績もよくなったの?勉強したの?」「いや、先生の話を聞くようになって、試験にどこが出るか教えてくれてるのがわかった。(苦笑)」私としては赤点をとらさないためにあんなに努力していたのに、と驚いたものだが、聴く耳がなければ何も届かない、とよくわかった。
大学進学した生徒が訪ねてきた。当時は学生数も多くどういう大学だろうと合格するのは大変だった。「大学をやめて専門学校へ行き、英語の児童文学の翻訳者になりたい」という。「やめな、そんなのじゃ食っていけない。大学を卒業した方がいい。」「だってあそこの大学はレベルが低くて高校で先生が教えてくれた英語より低いことをやってるんだよ、施設も貧弱で...」「それでも大卒は大卒だ。」「でも、もう退学届は出してしまったんだ」「ええっ。でも翻訳で食っていけるなら私だってやってるよ、やめな」「じゃ、どうしたらいい?もう母親を泣かしたくない。」「これからはコンピューターの時代になると思う。コンピューターをやったらどうか?」まあ、それで情報処理の専門学校に行ったはずです。その後は連絡していませんが、あの当時にコンピューターを勉強したなら、きっと今頃はすごいプロになっているかなあと思っているんですがね、優秀な子だったし。
ある駅を歩いていたら、両手を広げてブロックしている美しい女性がいた。教え子だった。高校時代、英語の専門学校に行きたくて入学するには英検3級を合格していなければいけなかった。英語はできる方ではなかった。そんな相談をしたとき、「頑張りなさい、3級はそんなに難しくないよ」と私は言ったらしい。忘れてしまった。その生徒の印象としては進路より家族の悩みが大きいように思っていた。とにかく、その専門学校に行き、今は社長秘書をしているのだ、とのことだった。自信に溢れ輝いていた。
その他、「先生にはいつも親ともども呼び出しをうけた。卒業まで9回呼び出された。」「いや、6回だろう、毎年進級していたんだから学年末は呼び出していない筈だ」「そうそう、6回だ、6回」というのや、体育祭に無断で休んで、クラス全員リレーがずたずたになり、電話で脅して「今すぐ来い!」と言った子もいる。読んでるかな?あはは。